■篠塚建次郎
日本を代表するラリードライバー。
1988年にはアジア・パシフィックラリー選手権の初代チャンピオンとなり、WRCでは1991年のコートジボワールラリーで日本人ドライバーとしてWRC初優勝、1992年は同ラリーを2連覇するなど「ライトニング・ケンジロー」の異名を持つ。またパリ・ダカール・ラリーでは1997年に日本人初の総合優勝をなしとげている。
2002年に三菱自動車を退社。
2003年から2005年にかけて日産チームからダカール・ラリーに参戦したが、途中リタイヤとなる。
2006年のダカール・ラリーを最後に引退することを発表、参戦したが、車両故障が発生しリタイヤ、有終の美を飾る事ができずにラリー人生にピリオドをうった。
しかし2006年東洋ゴム工業からラリー用タイヤの開発を目的として2007年のダカールラリー参戦のオファーを受けイタリアのチームから日産・パスファインダーで出場することになった。
チャンピオン争いからは離れるものの、引退を撤回し生涯現役を貫く。